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扉の向こうから誰かが中に入ってきた瞬間、いちこは相手を確かめることもなく、迷わずにその胸の中へ飛び込んでいった。

「おっと!」
いちこの出迎えを正面から受けたのは三原だった。
お化けかと腰を抜かすわけでもなく、まるでいちこがそうして出迎えてくるのを予知していたかのように、三原は酷く冷静だった。
いちこの体が自分に触れる寸での所で、三原はいちこの動きを止めてしまった。
まるで暴漢から身を守る術を得た者の様にひらりと身をかわと、自分のすぐ隣で呆然と立ち尽くすいちこの顔を覗き見た。

「どうしたんだい?いきなり僕に抱きつこうとして。随分君は大胆な行動を取るんだね」
三原の言葉にいちこの心は凍りついた。
キャンバスに書かれたメッセージから、心身共に酷く弱っている三原を予想していたのに、目の前に現れた三原はいつもと全く変わりが無い。
「おやおや、随分とずぶ濡れじゃないか」
三原は深いため息をもらすと制服の胸ポケットに手を添えた。
「このままじゃ、風邪を引いてしまうよ。
いちこ
手品師のような優雅な動きでハンカチを胸ポケットから出すと、まず
いちこの髪に触れる。
「きれいな髪だ。僕のと違って、君の髪質はしっかりしてる。黒くてまっすぐ。外国人から見たら、きっと憧れるだろうな」
良い子良い子と、親が子の頭を撫でるかの様に、三原の手はハンカチを通しても尚、深い慈愛を感じる。

「三原くん……」
濡れ髪を三原に拭いてもらいながら、いちこは震える声で三原の名前を呼んだ。
「うん?」
「今まで……どこに行っていたの」
「何処って?何でそんな事聞くの」
「何でって、私……」

いちこの詮索を心から咎める風でもなく、ただいちことの言葉遊びを楽しんでいるようにさえ聞こえる。
感動の再会のはずが、どうしてこうも切ない気持ちになるのだろう。
いちこは三原に怒りを覚えた。

「あたし、三原くんの事、ずっとずっと探してたんだよ!」
頬にハンカチを当てられると、いちこは咄嗟に「いやいや」と首を振った。
「探してた…?どうして?」

いちこのきつい口調に三原の手が止まった。
「どうして…って、そんな」
「あっ、ひょっとしていちこ。君は、僕が書いたあの手紙を読んでここまで来てくれたのかな」
そう言いながら、三原は実験台に置かれたキャンバスに目を留めた。
「暗くてあまり良く見えないけれど…あれを外に持っていったんだね」
あのキャンバスはもう使えないな。小さく独り言をいったつもりだが、それははっきりといちこの耳に届いた。

「ひどい…」
悔しくて涙がこみあげてくる。 どうして三原は、自分の心をこうも惑わすのだろう。
あのキャンバスに書かれた手紙は、三原の単なる言葉遊びだったのか。
「ひどい?」
僕の何処が酷いのだろう。三原は髪をかきあげながら考える様な表情をになる。
「うん。ひどい。ひどずぎるよ、三原くん」
たまらなくなって、いちこは三原の傍から離れる。そして猛然と出口に向かって歩き始めると、すぐに三原がついてきているのを感じた。
「どうしたんだい、
いちこ
はじめて三原の声が不安なものに変わった。でももう遅い。遅すぎる。
これまでどんなに、彼のきまぐれに付き合おうと心がこんなに痛む事はなかった。
友達だから。三原の事を一番近い所で知っている友達だから。そう思うことで深い優越感を味わっていた。
だけど、今は本当の自分の気持ちを知っている。これが恋心だと知った以上、もう今までのように付き合うことはできない。


「そこを退いて!」
いつの間にか、
いちこを抜いて三原は扉の前に先回りしていた。
「お願いだから」
気付けば、涙が溢れていた。
親にも友人にも滅多に見せた事の無い泣き顔を三原に見せてしまった事で、更に
いちこの気持ちは高ぶった。
「お願い!」
「嫌だよ」
静かではあるが、三原の強い意志を感じる。
いちこは更に激しく泣きじゃくった。
「お願い……」





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こんな感じで話は続いております。「いろどり」。三原くんと主人公「横井いちこ」のお話。
こちらは「monmon」の方で書いてますので、こちらのアドレスを知っていらっしゃる方は
どうぞ話の続きにお付き合い下さい。

カンタループについて、色々とお問い合わせやメッセージありがとうございます。
ぺるしゃま、茅さま。ボトルキープありがとうございました!

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