オマエは随分潜るのが上手くなったねえ。
この前、モンシロのおばちゃんが、そう誉めてくれた。
良かった、良かった。なにもかもが黄色く染められていく4月、私の周りには沢山の花が一斉に咲き始めた。
それまで堅くすぼめていた花びらを、この時とばかり広げていく。
ある花は匂いをまきちらし、ある花はたっぷりと花粉を蓄えて。
花たちは何も語ってくれないけれど、私はあの子達の気持ちが良く分かる。
お前達虫共よ、どうか私の願いを聞いておくれ。私のかげがえのない、この命の欠片。
どうぞ、次の春も咲かせておくれ。
住む土地は選べない。お前にまかせるから、私をどこかで咲かせておくれ。
そんなふうに、花たちが訴えているような気がするのだ。
(益田もたこんぶ様 画)
ちなみに、花の中にもぐるのが一番上手いのはミツバチの方々。
羽を最大に震わせながら、幾つもの花の中に飛び込んでいく。
時には花の蜜に酔わされて、そこで命を落としてしまうものもいると聞いている。勇敢だ。
私の場合、ミツバチや蝶のようには上手くいかず、きまって花の中で暫くうずくまっている。
なにせ体が丸いのだから仕方がない。飛ぶこともできるのだけど、あまり長い事飛んでもいられない。
けれど、このつやつやの背中にびっしりと着いた花粉を、私達は時間をかけて目当ての花に届けていく。
私だって、少しは役に立ちたいのだ。
色々と忙しいこの季節。今日も私は朝から幾つもの花の中にお邪魔していた。
アネモネは茎のところに小さな歯がついているから、花のところまではとても登りやすかった。
わーい、らーくちーん!
そう、油断したのがいけなかった。
花の中にもぐりこんで暫くした後、私はそこから出ることができなくなってしまったのだ。
アネモネの花びらは思ったよりも大きく、そして複雑だ。
パニックになった私は暫くそこでがむしゃらに手足を動かした。
だけどもがけばもがくほど、幾重もの花びらが私の体に巻きついてくる。
そうこうしているうちに、とうとう私の体は仰向けにひっくり返ってしまった。
ひっくり返ったが最後。
滅多なことには体勢を立て直すことができないのだ。
---うーん!
---ふーん!
私は心の中で何度も声をあげた。どうしよう。
私はこのまま、この花びらに囚われたまま命を落としてしまうのかしら。
まだ恋もした事が無いのに。卵も産んだことがないのに。目の周りが黄色に染まったまま、私は……。
そう、絶望した瞬間だった。花びらの外から、聞き慣れない音が聞こえてきた。
あたりの草をかきわけ、ゆっくりと地面を踏みしめる音。近付くたびに花が大きく揺れる。
-----ひょっとして、これが……に、ん、げ、ん?
ゆらゆらと揺れに体をまかせて、私はぼんやりと思った。
私達よりずっと大きな生き物。人間という生き物が、一番大きいことを
何となく知っていた。飛ぶことはできないけれど、奴らはとにかく力が強い。
そして時には私たちに強い関心を寄せ、無理やり生け捕ろうとするらしい。
生きたまま捕るならまだしも、中には残酷に潰してしまうのもいるとか。
----人間に捕まっちゃうのかな。
どうなんだろう。つかまったら、ぎゅっと潰されるのかな。
ここに閉じ込められているのも、つかまるのも変わらないよね。
あーあ、せめて最後に、お日様の下でびゅーんと気持ちよく飛んでみたかった。飛んで……。
その時、目の前の景色が急に暗くなった。ふわっと風が私の頬に当る。急速に、何かが私に近付こうとしている。
赤紫の花びらが大きく揺れた。そして見たことも無い大きなものが私の体に触れた。
----潰される…!!
きっとこれに私の体は押しつぶされてしまうのだ。
咄嗟に、私は体を硬くした。少しでもチャンスがあったら、飛んでみたい。だから私は…・・・死にたくない!
----嫌!!
そう心の中で叫んだ時だった。
「大丈夫……ですか?」
やわらかな。
やわらかな声が私の心に響いてくる。思わず私は、声の主を探した。
きっと、私に触れてくるこの大きいものの、その声の一部だと思う。
堅くすぼめた足をゆっくりと伸ばしながら、相手の出方を待ってみる。
「ひっくり返っちゃって……可哀想に」
大きいものは、そっと力を加えるとすぐに私の体を戻してくれた。
それもそれまで囚われていた花びらはどこにも見当たらない。
どうしちゃったんだろう……。
恐る恐る、私は周りを観察した。
さて、今日はこれまで。
絵チャって素敵ですね。素敵な絵のお陰で、話が浮かぶから。
がちゃさんが描いて下さった、「テントウムシとちーちゃん(千晴)」から
ちょっとした小話を書かせてもらっています。
そして真ん中にある、もたこさんのテントウムシさんが
あまりにも可愛らしいことも書きたくなった理由のひとつ。
絵チャの話と、この話の続きはまた明日。
絵チャに来てくださった皆様、どうもありがとうございました。