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草野球の返球よろしく守村くんへ放ったトマトは、計算どおり彼の手の中におさまるはずだった。
気を使ってなるべく高めに投げてあげたのに、その気遣いはかえって彼を混乱させてしまったのだ。
「わわわ」と情け無い声をあげながら、何度も掌の上でトマトはバウンドした。
トマトを落とすわけにもいかないし、むやみに作物を踏み荒らしてもまずい。守村くんは見事にしりもちをつくと、
しばらくそこから動かなくなってしまった。
「ごめーん!」
ぴょんぴょーんと畦を飛び越えて傍に駆け寄ると、守村くんは弱々しく笑った。
「だいじょうぶ?!腰とかお尻とか痛くない?」
真っ白な体操着がすっかり畑の土色に染まっていた。この人、けっこう運動音痴なんだなあ。
自分のせいでしりもちをつかせたくせに、頭の中ではそんなことを思ってしまう。
「ごめんねごめんね!ほんと私って、いつも考え無しで」

はじめて会った時も同じ様な事を言っていたのを思い出す。クラブ見学会で園芸部の活動を見にいった時、
種をまいたばかりだと知らずに花壇の中へ入ってしまった。
咄嗟に守村くんが私の手を強く引っ張ってくれたから、花壇はさほど踏み荒らされることはなかったけど、
私をかばった代償に、彼は目の前にいた先輩に激しくぶつかっていった。
ぶつかられた先輩も咄嗟にどうしていいのかわからずに、守村くんと一緒にしりもちをついて。
結局入部という形で、その場の雰囲気をまるくおさめる事はできたのだけど……。
まあ、そんな感傷と反省は後にまわして、とにかく体についた土を落とさないと。
立ち上がらせようと、守村くんの手を握った時だった。ぶるっと、彼の腕が震えた。

「あ、そ、そんな。ぼ、僕にはお気遣いなく!」
「えっ、だって」
なんでそんな言い方するの?やっぱり怒ってるんじゃないの?
これは身をもって謝らねば。ぐいと力をかけて手をひっぱると、反動で彼は立ち上がった。
「ごめんね、後ろ汚れてるから」
まずは背中にまわって肩についた土を払い落とす。
私と同じ位の身長だけど、肩にふれてみると私とはやっぱり骨格が違うと思った。
一抱えで20Kは越える腐葉土の袋を肩に担げるぐらいだから、本当は随分力持ちなのかもしれない。
「背中のところについた汚れね、今晩のうちにちゃんとお湯につけておくと良いよ。
土の汚れって結構落ちないんだよね。ママがね、いつも言うの。
美奈子の服の汚れを落とすのは本当に大変って」
「あの……小波さん」
「あっ、ここ凄い。ここの部分は、ぱんぱんってしっかり叩いて服の繊維の中に入った土をちゃんと落としてね。
あっ、腕のところは怪我してなかったー。良かった良かったー」
やっぱりこれも「考え無し」だったと言う事に気付かされたのは、彼の前髪に触れた時だった。
「も……守村くん?」
傾きはじめた陽の光が、彼の頬を赤く染めていた。でもそれ以上に、恥かしそうに眼を伏せるその表情を見て、
私はやっと彼の気持ちを知った。
「……ごめん、なさい。べたべた触っちゃって」
守村くんはこくりと頷いた。
「いえ、僕がその……全然免疫が無いと言うか」
「いやいやいや、いきなり手を握っちゃった肩とか触られたら嫌だよね」
「違うんです!」
「へっ?」
急に口調が強くなったので思わず返してしまった。今日はこれにて4度目の「へっ?」だ。
「嫌ではなくてむしろ」
「むしろ?」
「むしろ、その……。嬉しかったと言うか」
うわあ、なにそのピュアっ子発言。
「守村くん……」
いつもいつも失敗ばかりして迷惑をかけているのに、そんな優しい言葉をかけてもらえるなんて。
うわーん。守村くん、君はなんて良い人なんだ。
「どうしたんですか?小波さん」
恥かしいのと嬉しい気持ちが一杯になって、顔中が火照ってくるのがわかる。
「なんでもない!」
思わず怒ったような声になってしまう。守村くんは一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐに分かったようだ。
受け取ったばかりのトマトを服の裾で軽く拭くと、皮なりのままかぶり付く。
「うん……。美味しいです」
守村くんは心から美味しそうな笑みを浮かべた。



※守村くんと美奈子は、とっても仲良しだといいな。

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