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「ああ、小悪魔ちゃん知ってる?さっきからかかってるこの曲。
……うん?ああ、知らないわね、そうよね。
だってこの曲あなたが生まれる前に流行った曲だから…知らなくて当然よ。

……明日は早いわ。ううん、もう明日がやってくるのね。
アタシはもう寝るわ。アンタも眠るのよ。お休み」


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寝る前に留守電を確認したら、あの人の声が聞こえた。きっとどこかでお酒を飲んでいるのか
あの人の声はいつになく低く、言葉と言葉の間に小さなため息がノイズに混じって聞こえた。
「アンタも眠るのよ」
と、言われたけれど、私は眠りたいとは思わなかった。
すぐに壁にかかったままのスプリングコートを羽織って、私はあの人に会いに行った。

夜も更けた歓楽街にタクシーを止めると、私は暫く辺りをうろついた。
甲の部分に綺麗な蝶のモチーフがついたサンダルは、私がステップを踏むたびに静かに足元が光る。
「-------昼よりも、夜のほうがきれいなの。良かったら、アンタ、履いてみて」
そういって、あの人が私の素足に触れた事を思い出す。
手入れされた指がそっと私のふくらはぎの部分を「つつ」と撫でただけなのに、私の体は心地よさに震えた。
だけど私は何も無かったような顔をして、あの人からそのサンダルを受け取った。
手に入れてから季節は一つ移って、ようやく素足に履ける時期がやってきた。
夏日を思わせる日中とは対照的な程、夜は酷く冷えている。
爪先に冷気が伝わり、次第に私の体は芯から冷えていった。

たぶん、ここであの人は飲んでいるのだろう。
街角の小さなパブ。ここで古いシャンソンを聴きながらお酒を飲むのが好きだと聞いた事がある。
硬い樫の木で作られた扉の前で、私は暫く待った。
自分から扉を開ける事は造作無いことなのに、今日は外で待っていた方が良い様な気がした。
店に背を向けて、空を見上げる。常夜灯に集まる羽虫の行方を見ていたら後ろから扉が開く音が聞こえた。

「あら」
店から出てきたのはあの人だった。
きっと沢山お酒を飲んだのだろう。
少しおぼつかない足取りで、それでも扉を丁寧に閉めると、私のほうへ数歩近づいてきた。
「ぼんそわーる」
およそフランス語には聞こえない発音で、あの人は私に挨拶をする。
「ぼんそわーる」
私も挨拶を返す。
朧月に照らされたあの人の表情がいつになく繊細で、思わず手を取った。
「美味しかったですか?今日のお酒は」
「そうね」
重なった手に、あの人のぬくもりを感じる。
「良かったわよ」
そう言いながら、もう歩き始めていた。
「どうして、ここだと思ったの」
「どうしてって、電話の向こうにシャンソンが流れてたから」
「そう。それで、曲名は分かったの?」
「はい」
「NON!待って」
少し強い口調でそう言うと、あの人は人差し指を私の唇にあてた。
「まだここで言ってはいけないわ」
「……」
「私のアパート(個室)に来ない?そこで聞かせて頂戴」
「……」
「いい?」
私の唇を指でなぞると、あの人はじっと私を見つめた。されるまま、私は頷く。

さ、急ぐわよ。夜は冷えるわ。
あの人は私のコートの襟を直すと、手を取って歩き始める。
あの人の歩幅に合わせようと、私は少し小走りになった。






あとがき…少し前になりますが、56バナを貼りました。カンナさんが「花椿さんスキスキー」の気持ちを素敵なバナーで作って下さったので、早速バナーをお借りしております。
今回は、おいらの花椿さんスキスキな気持ちを小噺にしてます。明日も書きます。明日で終わりかな。
よかったら続きにお付き合いください。
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