流行の音楽や若者の会話、車の排気音に救急車のサイレン。
日曜日の街中はとても賑わっていて、ありとあらゆる所から色んな音が聞こえてくる。
だから「痛っ」と呻いた私の声は、虫の羽音よりもかすかなものだと思っていた。
なのに先輩は、ぴたっと立ち止まって振り返った。
距離にして20メートルぐらい。その間に沢山の人が壁を作っていたのに、先輩は振り返るなり怪訝そうな表情を浮かべた。そして今度は少し怒ったような顔になって、ずんずんと私のほうへ戻ってくる。
ああ、“また”怒られちゃうんだ。いつも何かと小言を頂戴しているから、この時もそんなものだと思っていた。
けれど、この時の先輩は今までと違った。私の前にくるなり手をぎゅっとつかんで、歩道の端へ連れて行く。
そしてジャケットの胸ポケットからシルクのスカーフを出すと、しゃがみこんで私の左足首をつかむ。
「ひやっ」と変な声を思わず出した瞬間、「騒ぐな」と一喝。
びっくりして口を押さえると、先輩は私を見上げた。片足をひざまつく先輩の姿は、まるで姫に永遠の愛を誓う王子様の様で思わずドキドキしたけれど、その目を見た瞬間私の心は凍りついた。
ぞっとするぐらいの冷たい視線で先輩はこう言ったのだ。
「今すぐ、ここで靴を脱げ」と…。
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「だからあれ程言ったんだ!オマエが俺の言う事を聞かないのが悪い」
「だって先輩が良いって勧めるの、先輩、幾らするのか知ってます?」
「知らない。値段などいちいち見て気にする必要は無い」
「気にするんです!先輩と違ってアタシは庶民の子なんですよ!先輩が良いっていうのを全部聞いてたら、私の家は破産します」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿なんかじゃありません!馬鹿なのは先輩です!」
「なっ!オマエ…」
あれから数分後。かすかな車の振動と控えめに流される交響曲をBGMに、私達は口論を続けていた。
「だいたい紺野がオマエに余計な事を言うからいけないんだ」
「紺野先輩が薦めてくれたのは、凄く良かったですよ。設楽先輩が薦めてくれたデザインのと良く似ていて、それでけっこう安くって」
「で、結果はこうだ。オマエは今、足を痛めている」
「うっ…」
思わず言葉が詰まってしまった。数日前、紺野先輩も加えて3人で買い物に出かけた時に、その靴を見つけた。設楽先輩から先に薦められた物と良く似ていて、これなら2人の気持ちを上手く組めると、内心ホッとしていたのに。
「若いうちは、安物を履いてもそれなりに似合うとかアイツは言うが、俺は断固として否定する。
安物が悪いとか言ってるんじゃないんだ。高ければ良いってものでも無い。
ただオマエには…オマエの足には良い物を履かせていないと、俺が許せないんだ」
「何で先輩が許せないんです?私は自分が足を痛めようと全然構わないんですけど?」
「何でって、それはだな…」
「ええ」
「…わからないのか?」
「わからないです」
「くっ……。」
今度は先輩のほうが黙ってしまった。
嫌いなものを前にして、ぷいと顔を背ける子供の様に、先輩は窓のほうへ視線を逸らす。
それきり、私達はずっと黙ってしまった。
窓の向こうには、なだらかに続く石畳の道。手入れの行き届いた樹木が静かにそよいでる。
門の前で車が止まるとすぐに、大きな扉が開かれる。
お屋敷と呼ぶにふさわしい程の立派な造りの洋館が、開かれた門の向こうに見えてくる。
「着いたら手当てをしてやる」
少し力の無い声で、先輩はそう言った。
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素足で触れた大理石の床が、こんなに冷たいものとは予想していなくて、思わず声をあげてしまった。
たぶん、この家の使用人だと思う。「坊ちゃま」と小声で先輩に呼びかけると暫く2人で何やら相談を進めている。
すると今度は、私の靴を預けるようにと声がかかった。
ヒールの折れた靴は高級そうなスエードのクッションの上に置かれた。そして恭しい所作を持って、その靴は私の前から消えていく。
「捨てられちゃうの…?」
思わず先輩の袖をつかんでいた。あっと、気がついて手をひっこめる。
「心配するな。今から修理に出す。帰るまでには直っているはずだ」
耳に届いた先輩の声が思いがけず優しくて、それまで張り詰めていた心が一気に緩みそうになる。
「部屋まで階段を使うことになるが、その…」
見上げた先には、宝石をちりばめたようなシャンデリア。先輩の部屋は、螺旋階段を上りきった階の一番奥にある。
「その足で、オマエは歩けるのか?」
「大丈夫です。そんなに足はくじいていないし」
先輩が咄嗟に蒔いてくれたスカーフのお陰で、靴擦れした所の痛みは随分治まっていた。
「その…。何なら、俺がオマエを部屋まで抱きかかえてやっても良いが」
「いっ…!いいです!いいです!けっ、結構です!」
「そうか?こう見えても腕力だけは自信があるんだがな」
その瞬間、ふわりと体が浮いた。
「しっ、設楽先輩!」
「煩い。騒ぐな」
合わせた胸の鼓動がすぐにでも届いてしまいそう。恥かしさのあまりに思わず両手で顔を隠すと、耳元で先輩の笑い声が聞こえた。
「さっ、治療を始めるとするか」
「ち、治療…って?」
「まあな。少しは我慢しないとな」
「えっ?が、我慢って、何を?」
「部屋に着けばわかる。いつも俺がオマエにどんな思いをさせられているのか、今日はじっくりと思い知らせてやる」
「ええーーー?!」
「ふっ」
勝ち誇った様な笑みを浮かべると、先輩は軽々とした足取りで階段を上がっていく。
華奢な体からは想像もつかないほどその腕はたくましく、そして触れる手は優しい。
「覚悟を決めるんだな」
私の耳元にそう呟くと、先輩は部屋の扉に手をかけた。
fin
お盆休みですー。
黒設楽でございます。
この後どうなるのかって?
へっへーーー。
※カンナしゃん、ハイヂさん、メッセージありがとうございました!
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『シンデレラの靴 (設楽×主)』にコメント
2010/08/22(Sun)
res
お久しぶりです。
ぎゃぼー!設楽先輩!!私もシタラーズなのです。
やばい、まずい、超ときめきました!
うわーん、めちゃくちゃありがとうございます。
設楽先輩のハイソっぷりがうまく表現されていてすごくいいです。
足!そう、先輩はプレゼントにアンクレットくれるので足好きなんでしょうねー!!
大変な萌をありがとうございました。
ぎゃぼー!設楽先輩!!私もシタラーズなのです。
やばい、まずい、超ときめきました!
うわーん、めちゃくちゃありがとうございます。
設楽先輩のハイソっぷりがうまく表現されていてすごくいいです。
足!そう、先輩はプレゼントにアンクレットくれるので足好きなんでしょうねー!!
大変な萌をありがとうございました。
『シンデレラの靴 (設楽×主)』にコメント
2010/11/27(Sat)
res
笑さん、ごめーん。今頃コメントに気づくアタイのバカバカバカ!
でも凄く嬉しかったです。
そうだった、笑さん。シタラーズでしたねw
少し後になりますが、来年の年明けに、「坊ちゃまの晩餐会」という企画を行います。
その時にはまた、笑さんにメールをさしあげますw
笑さんのお話が読みたいんだ…!
ではでは!
でも凄く嬉しかったです。
そうだった、笑さん。シタラーズでしたねw
少し後になりますが、来年の年明けに、「坊ちゃまの晩餐会」という企画を行います。
その時にはまた、笑さんにメールをさしあげますw
笑さんのお話が読みたいんだ…!
ではでは!
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