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「柏の葉」
 


狭い部屋に肩を並べて一緒につまんだ柏餅は、私たちを懐かしい気持ちにさせた。
端午の節句だからと選んだおやつは、伸び盛りの少年にはほんの一口分だった様で、
皿に盛った5つの餅をぺろりとたいらげると、彼は満足そうに鼻をならした。
「ごちそうさま」
「おいしかった?」
「うん。部活の帰りだったから丁度腹減っちゃってさ」
得意の泳ぎを活かして入ったクラブでは、毎日20キロ以上も泳がされるらしい。
赤茶色の髪からは微かに塩素の匂いがする。
「ツレとコンビニ行こうとしてたらメール着たじゃん。柏餅ってだけしか書いてなかったけど」
「それだけで来たんだ」
「うん!柏餅の威力ってハンパ無いっすよ」
本当に、柏餅と二文字しか打たなかった。もっと続きを書き足そうと思ったけれど、つい手元が狂って送信してしまったのだ。
「遊くんが小学生の頃は、必ずここで柏餅だったよね」
「うん……」
仲良しのお隣さん。そんな近所づきあいのつもりで続いた「柏餅イベント」も、彼が中学に入るのと同時にそれは消えた。
大学生の女の子の部屋になんか行ってはいけません。
向こうのお母さんに止められたのかもしれないし、彼から行かないと決めたのかもしれない。
やがて道端で会っても無視されてしまうほど、彼ははっきりとした形で私と距離を取るようになった。
またこうやって互いの家を行き来できるようになったのは最近の事。
駅で偶然、彼の定期券を拾ったのがきっかけだった。
思い切って電話をしたら彼が出てくれた。切られる前に「お家にくる?」と声をかけたら、彼は暫く沈黙した。
そしてやっと気持ちをまとめると、彼は恥かしそうに私の家を訪ねてくれた。
少し前の様に、学校の出来事やお家の事をちょっとだけ話しをして、おやつを食べる。
ただそれだけのつながりだけど、私にはそれがとても心地良い。
彼氏では無いけれど、一番傍にいてくれると、安心するのだ。


「葉っぱばっかり」
「うん。葉っぱも食べれたら最高なんだけど」
「もう、ほんと食い気ばっかりなんだから」
食べ終わって手元に残った柏の葉は、独特の優しい匂いがする。
掌の上で丸めたり広げたりすること数回、随分軟らかくなってしまった葉の表面を最後にぷすりと指で穴をあけてしまうと、隣の彼は「にい」と笑ってみせた。
「見てこれ」
もう1つ穴を隣にこさえると、今度は柏を顔に当てる。
葉を横にして、ちょっとしたアイマスクみたいだ。
「だーれだ」
「えっ。……遊…くん?」
「ぶっぶー。答えはタキシード仮面!」
「……えっ?」
「昔好きだったでしょ。好きなタイプは?って聞いたら、真顔でそう答えてたよね」

すぐ傍にある本棚にちらりと視線をうつすと彼はまた笑う。
左脇の縦列2列。あそこに私のタキシード仮面様は眠っている。
「あの頃」は、本当にタキシード仮面の事が好きだったのだ。
子どもの頃にテレビの再放送でそれを見て、はじめて恋をした相手がそのお方。
それは大きくなっても暫くの間は対象が変わることがなかった。
本当に好きだったから正直にそう答えたまでの事。
だけど、質問をよこした方は私の回答にびっくりしていた様だった。
ただ一言、「16歳……なのに?」と言うと、そこから先はずっと黙ってしまった。
あの時は、どうして黙ってしまったのか理由は分らなかった。
だけど、それまで子ども扱いしていた彼の事をちょっぴり申し訳なく思ったのは覚えている。
ひょっとしたら、架空の人物よりもリアルな男の人を好みにあげた方が良かったのかも。

「今は変わりましたけど」
ちょっとすました感じで答えると、「はいはい」と彼は軽く流した。
「今は……そうですね。私の隣にいる人がタイプです」
少し前までは「お姉ちゃん!」と無邪気な顔して声をかけてくれた君。
私とは随分年が離れているけれど、そんな事は少しも気にならない。
「お、俺がタイプって……アンタどうかしてるよ」
柏のアイマスクをしたまま、彼は怒ったような声で言う。もう、私の事を「お姉ちゃん」とは呼んでくれない。
「どうかしてる?」
「うん」
「そうかな」
「そうだよ」
ますます機嫌を損ねたようで、彼はとうとう私からぷいと背を向けてしまった。
「そっか……」
いつのまにか背は越されて、ちょっと大人びた顔をしている君が好き。

「じゃあ、遊くんに質問します」
床に落ちた柏の葉を拾い集めながら、私は彼に聞いてみる。
「あなたの好きな女性のタイプは……どんな人ですか?」
きっと答えは返ってこないと思っていた。そして、明日からはもうこの部屋に来てくれないとも。
「俺の好きな女の子のタイプって?それは……」
柏のマスクを外すと、彼は私のほうを向いた。そして少し怒っているような顔で私を見つめると、彼は私の頬に手をかけた。
「アンタだって言ったら、どうする?」
そう言って私の頬に軽くキスをしてくれる。足元でかさりと葉の音がした。



fin




GS2の遊くん。大きくなった遊くんを見てみたい!ちょっと俺様で、でもすっごい恥かしがりやな遊くんになっていると嬉しい。そして、デイジーとつきあっちゃえば良いんだ。


 

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