電話が鳴った。
受話器を取って、「もしもし」と返事をしたら、「私だ」と“せんせぇ”の声が聞こえてくる。
「せんせぇ、今何処から電話をかけてるんです?」
そう言えば、大学のレポートがなかなか上手い事まとめられなくて困ってるんですよぉ。
テーブルの上に乗った焼き茄子を箸でつつきながら、私は少しだけ甘い声で話した。
「何処からと言うと…まあ、出先だ」
「あ、じゃあ学校じゃあ無いんですね」
「そうだ」
その時、受話器の向こうから「どおん」と花火の音がした。
「あっ、今、どぉんって」
テレビのボリュームを小さくして窓を開けると、海の方から花火の音が聞こえてきた。
そうだ、今日は花火大会だったっけ。
「ああ、せんせぇ、ひょっとして校外指導とか?」
「まあ、そんなところだ」
「そうなんですかぁ」
これはこれはどうもおつかれさまですと、可笑しな返事をしていると、せんせぇは「はは」と少し笑った。
そして少しの間、せんせぇは沈黙した。
「氷室せんせぇ?」
私に向けられる家族中の視線を「しっしっ」と手で払いながら、私はゆっくりと聞き返した。
「どうしちゃったんですかぁ?」
また、生徒が何かしてるんですか?あんまり厳しくしても聞かないですよぉ。
こういう時ぐらい、羽目を外させてやってもいいんじゃないんですかあ?
およそこんな事を堂々とせんせぇに言えるのは私だけぐらいだろうなあと思っていると、「美雨」とせんせぇの声が聞こえた。
「はい?」
「ああ…その…」
「なんですか?」
声が少し切なそうに聞こえる。箸を置いて、両手で受話器を握り締めると、私は次の言葉を待った。
「今から…出てこないか」
「今からって…」
さっきからちょっかいを出してくる弟のすねを足で思いっきり蹴ると、「あう!」と大きな声が響いた。
「その、今から花火でも一緒に…って、何か大きな音が聞こえてきたが」
「何でもありません!何でも」
涙目になっている弟の顔に思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、私はぶんぶんと首を振った。
「そうか……。それで、君は、どう思う?」
「はい!是非!喜んで!」
どこかの居酒屋の兄ちゃんみたいに威勢良く返事をすると、せんせぇはくすくすと笑った。
そして5分後に君を迎えに行くと言って電話は切れた。
焼き茄子を一口で頬張ると、私は日頃滅多に入らない和室へ向った。
まだ袖を通さずに鴨居にかけたままになっている浴衣の袖を引っ張ると、私は素肌の上にそれを着た。
糊がぴんと張った木綿生地は、陽に焼けた私の肌を少しだけ引っかく。
帯はどう結ぼう。「文庫」がいいか、「蝶」にしようか。
いつかせんせぇに誘ってもらえるまで、こっそりと練習した着付けの腕前を急に披露する事になって、心が舞い上がる。
ああ上手くいかないやと、帯紐をしゅるりと解く。
すぐ近くで「どぉん」と、音がした。
FIN
(後書き)…卒業後の初めての夏祭り。
せんせぇは美雨(主人公の名前です)を連れて花火が見える海岸へ。
二人っきりで花火を見るのさ~。うふふ~。
拍手のところにおいておいた小噺です。挿絵が見えないと以前から報告を頂いてまして、
今日引き上げてきました。
変わりに、違う話をもってきましたので、また気が向いた時にでもどうぞ~。
うわぁ、勿体無いほどの評価。ありがとうございます。物凄い励みになります。
最近ばたばたしていて何も書けなかったのですが、さつきさんの温かい言葉で凄く気持ちが癒されました。どうもありがとうございました!