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自宅で使用するものと違って、「そいつ」には少し癖が強すぎた。
ステージが始まってから3曲目は黙って弾いていたが、もう勘弁ならない。
それまできつく結んでいたネクタイを乱暴に解くと、氷室は忌々しそうにシャツのボタンを二つ外す。
なにかはじまるな。
氷室から少し離れた位置でその様子を見ていた益田は、「ふーん」と小さく鼻を鳴らす。
テーマの部分までは大人しくやっていたが、もう限界か。
じゃあ、次のソロから奴は荒れるな。

益田の思ったとおり、氷室は暴れた。
とじこめていた想いを解き放つかの様に、氷室の奏でるジャズコードは激しく音を重ねていく。
まるで難解な数式を神業的な速さで解いていくのと、それは良く似ている。
このリズムにそうきたか。随分変わった音を入れるんだな。何をそんなに息巻いてるんだ。
「おいおい、落ち着け」
そう言葉にする代わり、サックスで音をからませてみる。
だけど氷室は、少しも益田の音に調和する事は無かった。
ただただ荒れるだけだ。聴いている客は大いに盛り上がったが、まわりはたまったものじゃない。
予定していた曲を全ておえると、益田はどっとくたびれてしまった。


「もう、やだ」
最近のオマエの音。聴いていると何か疲れる。
もう、今度連中からお呼びがかかっても、俺はステージにあがらないよ。

薄暗く、狭い楽屋の中。益田は氷室に、そう苦言する。
「そうか。それはすまなかった」
乾いた声で、氷室は詫びる。
「限られた条件で自分の出せる力を最大限に発揮させるのは、困難を極める。
特に今日ほど癖のある音だとついカッとなって……」
後は気持ちで勝負しろって言うのか。そりゃあ、言いたいことはわかるさ。
だけどああも喧嘩売るようなピアノは御免だ。
「しかし益田。おまえも最近刺々しい音を出してるぞ」
前はもっと、お互いに優しい音を出していた。どうもこの頃、様子がおかしい。

「どうしちゃったんだろうな、俺達」
「ああ」
壁に背をもたれ、二人並んで息を吐く。
益田には左の、氷室には右の、それぞれの利き手に挟まった1本の電子煙草。
「こいつのせいか?楽器のせいじゃないと思うぞ」
「…そうだろうか」
おもむろに口に咥え、吸い込んでみる。手にした指のすぐ先で、芯のあたりがぼわっと光る。
もしかして、何か新しい発見があるかもと期待して深く吸い込んだものの、
この数日口にしたものと何も変わらない。口にするほど、それは酷く空しい味だ。

「君の推測は正しいかもしれない」
三口含んだ末、氷室はポツリと呟いた。






fin




絵チャの時、無性に煙草が吸いたくなってしまった、ある方に。
禁煙って大変ですね。
ちなみに、わたしに禁酒はできません。絶対に。

きっと、益田さんも先生も、禁煙はできないと思うよ。

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